京都といえば、数多くの寺院が集まる「仏都」として知られています。
臨済宗の南禅寺や天龍寺、浄土宗の知恩院、真言宗の東寺、浄土真宗の西本願寺・東本願寺など、さまざまな宗派の大寺院が京都に集まっています。
管理人も京都市内の各地で紅葉や桜の撮影に赴き、累計100を超えるであろう寺院を訪れているのですが、いつしか疑問が湧いてきました。
「曹洞宗のお寺って、京都市内に無いのでは?」
曹洞宗は全国の信者が350万人もいる大きな宗派で、最も多い浄土真宗だと1,500万人、続いて浄土宗の600万人、真言宗の500万人、そして曹洞宗の350万人です。
京都では武家や公家に好まれた臨済宗が根強く残る地域で、南禅寺、天龍寺、相国寺、建仁寺、東福寺、大徳寺、妙心寺といった臨済宗の大寺院が目立ちますが、臨済宗などに比べてなぜ曹洞宗の寺院が少なく感じられるのでしょうか。
今回は、その理由を曹洞宗が歩んできた歴史から探ってみます。
曹洞宗を開いた道元は、京都で活動していた
まず、意外に感じるかもしれませんが、曹洞宗と京都には深い関わりがあります。
曹洞宗の祖として知られる道元は京都に生まれ、鎌倉時代に中国へ渡って禅を学び、日本へ戻った後に現在は宇治市にある「興聖寺」を建立します。
しかし、興聖寺の勢力が強まっていることが比叡山延暦寺を刺激してしまい弾圧を受けることとなります。
その後、道元は越前へ移り、現在の福井県にある永平寺(現在の曹洞宗大本山)を開きます。
ここが、その後の曹洞宗の歴史を考えるうえで重要なポイントになります。
曹洞宗の中心は「京都」ではなく「地方」へ
曹洞宗が大きく発展していくのは、道元の後の時代です。
特に重要な人物が、曹洞宗の太祖とされる瑩山紹瑾(けいざんじょうきん)です。
道元の熱心な信者であった祖母からの勧めで永平寺に入り、その後各地で曹洞宗の教えを広め、後の曹洞宗発展の基礎を築きました。曹洞宗では、道元の法を受け継いだ瑩山の門下から多くの僧侶が輩出され、日本各地へ曹洞禅が広がっていったと説明しています。
ここで大切なのが、曹洞宗の広がり方です。
曹洞宗は、京都や鎌倉といった中央の政治都市を中心に勢力を拡大するというより、地方の豪族や庶民の人々の信仰を受けながら、地方へと教線を広げていきました。
つまり、曹洞宗は「ルーツは京都であったが、京都を離れて全国へ広がっていった宗派」と考えると分かりやすいでしょう。
京都では臨済宗が大きく発展した
一方、京都で大きな勢力を持つようになったのが曹洞宗と同じ禅寺の一派である臨済宗です。
鎌倉時代から室町時代にかけて、臨済宗は幕府や貴族など、当時の権力者から厚い保護を受けました。
そして室町時代になると、京都・鎌倉の禅寺を格付けする「五山十刹の制」が整えられていきます。
京都では、南禅寺を「五山之上」とし、天龍寺・相国寺・建仁寺・東福寺・万寿寺が京都五山に定められました。さらに塔頭寺院を多く建立され臨済宗の寺院が京都の中心部に大きな勢力を築いていきます。


現在の京都を歩いていても、南禅寺、天龍寺、相国寺、建仁寺、東福寺など、臨済宗の大寺院やその塔頭寺院が数多く残っています。
京都に「禅寺が多い」という印象があるのも、こうした歴史が大きく関係しています。
京都五山の臨済宗と、地方へ広がった曹洞宗
ここまでを整理すると、京都で曹洞宗の寺院が少なく見える理由が見えてきます。
臨済宗は、京都や鎌倉といった政治・文化の中心地で発展した。
曹洞宗は、中央の権力から距離を置き、地方の豪族や民衆を中心に広がった。
つまり、両者は同じ「禅宗」でありながら、勢力を広げていった場所や方法が大きく異なっていたのです。
では、京都市に曹洞宗の寺院はないのか?
もちろん、そんなことはありません。
京都市にも曹洞宗の寺院はいくつもあります。
その代表的な寺院の一つが、左京区一乗寺にある詩仙堂です。

詩仙堂は江戸時代初期に石川丈山が造営した山荘を起源とし、現在は曹洞宗の寺院となっています。
また、北区鷹峯の源光庵も曹洞宗の寺院です。

実は源光庵は、もともとは臨済宗の寺院でした。それが江戸時代の元禄7年(1694年)、卍⼭道⽩禅師によって曹洞宗へと改められています。
このように、京都にも曹洞宗の寺院は存在しますが、京都を代表する大寺院の多くが臨済宗や真言宗、浄土宗、浄土真宗などの本山・大本山を中心に発展していったためため、地方を拠点としていた曹洞宗が少ないのは必然的なのです。
京都の寺院を宗派から見てみると面白い
京都観光というと、寺院の建築や庭園、仏像などに目が向きがちです。
しかし、そこから一歩踏み込んで「このお寺は何宗なのか?」と見てみると、京都の歴史がまた違った形で見えてきます。
なぜこの場所にこの宗派のお寺があるのか。なぜ京都には臨済宗の大寺院が多いのか。そして、なぜ全国的には大きな勢力を持つ曹洞宗が京都では目立たないのか。
こうした視点で寺院を巡ってみると、京都の街そのものが、宗教と政治、そして人々の信仰が積み重なってできた歴史の地図のように見えてきます。
京都の寺院巡りをするときは、ぜひ「宗派」にも注目してみてはいかがでしょうか。
